メールマガジン「ハッカーへの道」への寄稿
id:jishiha さんが書かれているメールマガジン、「ハッカーへの道 〜 僕がオープンソースプロジェクトから学んだこと 〜」に寄稿させていただいた。こういう機会は初めてで、いつもの日記とは違ってちゃんと人に読んでもらえるように書かないといけないので結構時間をかけて書かせてもらった。
基本的には、これまで日記に書いてきたような内容に、Wiki について思っていることを追加したような内容。POPFile と出会ったところから、翻訳プロジェクトの話、POPFile v0.21.0 のリリースノートの話など。
以下に、私が原稿を書いた部分をそのまま掲載させてもらう。
■ POPFile と出会う前Paul Graham 氏(POPFile の開発者、John Graham-Cumming 氏とは関係ない)
の「A Plan for Spam」という論文を初めて読んだときには、「こんな単純な方
法でスパムをフィルタリングすることができるのか」と大変驚いたものだ。そ
の単純な方法こそ、「ベイズ理論」と呼ばれる理論であり、それを利用したス
パムフィルタをぜひ使ってみたい、と強く思った矢先に、POPFile というプロ
ジェクトに出会った。A Plan for Spam
http://www.paulgraham.com/spam.html■ 翻訳プロジェクトに携わったきっかけ
POPFile と出会ってから、毎日のように届くスパムを削除するという無駄な作
業からほとんど完全に解放された。このソフトを他の多くの方々にも使っても
らいたいと思ったわけであるが、私の使っているMAC OS Xでの日本語での導入
に関する情報が当時はあまりなかったため、私の体験を日記に書いてみた。あまつぶ@はてなダイアリー(2003/10/25、2003/10/26)
http://d.hatena.ne.jp/amatubu/20031025
http://d.hatena.ne.jp/amatubu/20031026すると、なんと、POPFile の日本語化のリーダーである jishiha さんから直接
コメントをいただいたのである。このことが、私が POPFile の日本語化プロジ
ェクトに関わることになる大きなきっかけとなったわけだ。今思えば、これが
jishiha さんがメールマガジンに書かれていた「ユーザの声を聞きに行く」と
いうことが実践された場面だったのだ。12 月になり、POPFile を使い始めてから 1 ヶ月と少しが経った頃、POPFile
Documentation Project を日本語に翻訳するという、「日本語版 POPFile ドキュ
メンテーションプロジェクト」が開始された。日本語版 POPFile ドキュメンテーションプロジェクト
http://popfile.sf.net/cgi-bin/wiki.pl?JP_POPFileDocumentationProject私は、POPFile のお蔭で節約できた時間分だけでもせめて貢献させていただき
たいという思いで、プロジェクトへの参加を申し出た。■ 「読む」ことと「翻訳する」ことの違い
しかし、いざ翻訳を初めてみると、「英文を読む」ということと「英文を日本
語に翻訳する」ということがまったく違うのだということを思い知らされた。自分で読んで自分の中だけで理解するのであれば、別に日本語としてきちんと
した文章になっている必要はない。要は、頭の中でイメージができればいいだ
けだから。だけど、翻訳となるとそうはいかない。自分で理解したイメージを
日本語にして、元の意味を(その日本語で)伝えなければいけない。ちゃんと
意味の通じる日本語にしないといけないのだ。「そんなことは当たり前だろう、なにを今更」と思われるかもしれないが、翻
訳を始めた当時の私は、そんな単純なことにすら気がつかなかった。この当た
り前なことを身をもって体感をしたのは今回が初めてだった。とはいえ、そうは言っていてもなにも始まらない。このプロジェクトは Wiki
というシステム(後述)を使って作られているから、もし間違ったことを書い
てしまっても誰かが直してくれるだろうという感覚でとにかく飛び込んでみる
ことにした。しばらくすると、だんだんコツらしいものがわかってきたのか、翻訳作業その
ものがおもしろくなってきた。なぜおもしろいのかと言うと、それは「誰もそ
の文章を訳した人はいない」からだと思う。学校の英語の宿題とかと違って、
「誰かがすでに訳した文章」を訳しているわけではないのだ。言ってみれば、
未開の地のようなところを初めて開拓するような気分だ。少しくらい間違って
いようと、「初めて」訳したってことだけでなんだか気分がいいではないか。翻訳作業の中で得られたこともあった。そのうちのひとつは、「POPFile につ
いて詳しくなれた」ということだ。POPFile の統計情報を収集している「POPF
ile Real Time Statistics」の存在など、翻訳作業をしていなかったら知るこ
とはなかったかもしれない。POPFile Real Time Statistics
http://www.usethesource.com/popfile_stats.html■ FAQ の完成と POPFile v0.21.0
翻訳作業を進めていくうちに、少しずつ FAQ の翻訳の終わりが見えてきた。ちょ
うど POPFile の新しいバージョンである v0.21.0 のリリースが近かったこと
もあり、それまでに FAQ を形にしてしまいたいと思っていた。新しいバージョ
ンがリリースされれば利用者がより増えるだろうから、そのときに役に立てば、
と思ったのだ。そうして、どうにか v0.21.0 のリリース前に FAQ のすべてのページを翻訳す
ることができた。この FAQ は、POPFile のコントロールセンターからリンクし
てもらうことが決まり、さらに、POPFile の開発者、Jhon Graham-Cumming さ
んから、amatubu's changes to the Wiki are really cool.
というコメントをいただいてしまった。英語で「cool」と言われるとなんだか
ちょっと照れくさい感じもするけど、こういう言葉はやはりうれしい。大変だ
ったけどここまでやってきた甲斐があった。John のコメント
http://sourceforge.net/forum/message.php?msg_id=2456458このフォーラムのコメントだけで実はかなりよろこんでいたのだけど、さらに
驚くべきことが起こった。RC4 のリリース後、jishiha さんから「RC4 のリリ
ースノート読みました?」というメールをいただいた。リリースノートは RC2
のものをざっと読んだだけだったのでなんのことだろうと思いながら引用して
いただいた部分を読んでみると……。 ……!!!なんと、リリースノートの PRAISE (称賛)の欄に、
Naoki Iimura has done a huge amount of work converting the FAQ
from English to Japanese for the benefit of the many users of
POPFile in Japan.と書かれているではないか! これには本当に驚いた。あまり覚えていないが、
たぶん「うわー」とか叫んでしまった。Johnはさまざまな環境での利用者のこ
とを本当に大切に考えているのだなと強く感じた瞬間だった。v0.21.0 リリースノート
http://sf.net/project/shownotes.php?group_id=63137&release_id=222565こうして、この v0.21.0 というバージョンは、私にとって大変記念すべきバー
ジョンとなった。■ Wiki というシステム
この POPFile Documentation Project では、上にも書いたように Wiki という
システムが使われている。これは、このプロジェクトのように、多くの人が共
同してドキュメントを整備する場合などに非常に有効なシステムだ。私が Wiki(正確には、プロジェクトで使用している UseModWiki)の特徴だと
思っていることは、3 つある。・ とにかくドキュメントの作成・修正が簡単
そう、とにかく簡単なのだ。HTML なんて知らなくても、ちょっとしたルールさ
え覚えればすぐに使えるようになる。新しいページを作るのも、既存のページ
にリンクするのも自由自在だ。修正についても同じで、HTML で作っていたら、たいていの場合、ほんの 1 文
字の修正をする場合であっても、自分のパソコンに保存してあるファイルを開
いて修正して、それをサーバに転送しなければならない。気がついたときにす
ぐに直すことができるような仕組みでないと、どうしても放置しがちになって
しまう。また、CSS で見た目が統一されるというのも大きい。手作業で HTML を起こし
ていたら、(特に多人数で作業する場合は)よほど気をつけて作らない限り、
見た目がばらばらになってしまい、あとから修正するのも一苦労だ。・ 誰でもドキュメントの作成・修正ができる
分担作業をしているというわけではない場合でもこのことは重要だと思う。い
ささか他力本願ではあるが、もし自分が書いたことが間違っていた場合、もし
かすると誰かが気づいて修正してくれるかもしれないのだ。間違いを指摘する
メールをもらって自分で修正するよりも、間違いに気づいた人がその場で直し
てしまうという方が明らかに合理的だ。誰でも修正ができてしまうといたずらをされるのではないか、と考える人もい
るかもしれない。その可能性は確かにあるだろうが、それを差し引いても、誰
でも修正ができることによるメリットは大きいと思うのだ。現に、このプロジ
ェクトなど Wiki ベースで運用されている例を見ればわかるように、そういう
心配は杞憂に終わる場合が多いように思う。・ バージョン管理までできてしまう
もうひとつの大きな特徴は、修正の履歴が残ることだ。そして、ひとつ前のバ
ージョンと比較してどこが変わったかを確認する、ということができる。このことによって、例えば私が翻訳したものを他の人が修正してくれた場合、
どこがどう変わったのかすぐにわかる。そうすると、「なるほど、あの部分は
そう解釈するのか」とさらに理解を深めることができるのだ。UseModWiki
http://www.usemod.com/cgi-bin/wiki.plこのプロジェクトに関わる前にも、Wiki という存在そのものは知っていた。し
かし、特に触れる機会はなく、また、自分にとって必要なシステムであるとは
思っていなかった。
それが今では、「オンラインドキュメントはすべて Wiki であるべき」とまで
思うようになった。実際に、私の個人の Web ページも Wiki ベースのものに作
り替えたいと思っているし、今後は、ソフトウェアの操作マニュアルなども W
iki で作りたいと思っている。Wiki と出会うきっかけを与えてくれたこのプロ
ジェクトに、あらためて感謝したい。
メールマガジンの内容すべてや、バックナンバーを読みたい方、また今後購読したいという方は上記リンクを参照してください。POPFile のプロジェクトを通して jishiha さんが学ばれたこと、オープンソースの魅力がたくさん詰まっています。ハッカーというと、一般的には悪い意味で使われる機会が多いようですが、本来の意味を知りたいという方は、ぜひ。